開館準備と種村エイ子先生の講演会の記録
開館準備:季節のテーブルコーナー
■まずは、夏休みの40日間眠っていた図書室に風を入れ、ホコリを払い、観葉植物や人形などの”癒し小物”を所定の場所に置いて、私自身がホッとできる空間作りをします。
■子ども達を迎える図書館入り口には、お月見のタペストリーを作って飾りました。
「仲秋の名月」や「お月見」についての説明も書きました。
テーブルの上には「まんげつのよるまでまちなさい」「14ひきのおつきみ」「つきのぼうや」「月の学校」「パパ、おつきさまとって」「満月をまって」などの本を並べ、かごに、ススキなど秋の草花を飾りました。
テーマ本のコーナー
■今月は、運動会に向けて運動会一色になりそうです。そこで”力を合わせて”というテーマで本を並べてみました。
図書館通信
■職員向けに発行している図書館通信には夏休みの貸し出し図書の返却状況、2学期の本の貸し出し開始、クラス貸し出し図書、読み聞かせの開始、秋の読書週間(図書館まつり)について書きました。
図書委員会
■早速、図書委員会活動がありました。
2学期の読書週間に”図書館まつり”を行いますのでその連絡をし、朝の読み聞かせのパートナーの交代の後、担当の本棚の本のクリーニングをしました。
■図書委員会も心機一転、2学期のスタートです。
種村エイ子先生の講演会の記録
■鹿児島国際大学短期大学部准教授の種村エイ子先生の講演会の記録です。
以前にも熊本県立図書館主催の先生の講演を聞かせて頂いたり、先生のメールマガジンを拝読し、感銘を受けていましたので、今回も期待をして参加しました。
全国学校図書館協議会発行の「学校図書館」に「いのちを考える読書」が特集され、種村先生も執筆されており、夏休みに拝読したばかりでした。
■種村先生は、ガンの告知を受け、現実を受け止めるために、生と死について書かれた本を随分読まれたようです。その時のことをこんな風に書いておられます。
「誰もがいつかは100%確実に死ぬことを理解していたつもりだったのに、自分の死を直視せざるをえなくなって、落ち込み、うろたえた。
残り少ないかもしれない自分の「生」の時間をどう過ごせばいいのか、教えてくれる人はいない。
私よりも前に死に直面した人が書き残した本を読み、自分で模索するしかないのだ。
そう考えた私は、退院後、必死に最寄りの公立図書館に通った。
そこで、多くの本に出合い、人に出会った。」(『学校図書館』より)
■先生は、全国の小中高校で「いのちの授業」を続けていらっしゃいます。
最初に授業をされた学校の子どもは、
「かけっこだってゴールがあるからいっしょうけんめい走ることができる。いのちだって同じこと。」
という感想を寄せたそうです。
■ご自身の「いのちの授業」について次のように書かれています。
「死については、誰もまだ経験していない。人生経験を積んだ大人でも、子ども達に教えることなど不可能である。
したがって、私の「いのちの授業」は、”生と死”を語る多くの本を紹介するブックトークの手法を使う。
子ども達に”生と死”を教えるのではなく、ともに”命とは? 生きるとは?”を考える授業を目指している。」(『学校図書館』より)
■先生は、”いのち”というテーマで
「いのちのつながりの不思議」
「がん体験の中で生きる勇気をもらった本」
「死んだ後の世界」
「リレーされるいのち」
「心の中で(記憶の中で)生きる」
「納得できない死、理不尽な死(戦争、いじめ)」
「さけられない死(病気、老衰による死)」
というキーワードで熱くブックトークされました。
■先生がブックトークしてくださったたくさんの本が、私という一人の人間の中を通り抜けていった時、私の体験や感情と重なりあって私の中にメッセージを残していきます。
私が本を手渡した子どもの心の中にも、その子の持っている体験や感情に応じたメッセージを残していってくれるものと信じています。
種村先生「いのちの授業」ブックリスト
■次のような本があります。
<いのちのはじまり・・・私たちは奇跡的存在>
<がん体験・・・出会いは生きる力>
<死んだあとどうなるの? リレーされるいのち>
<納得できない死、理不尽な死>
<一人一人がかけがえのないいのち>
色々な視点でいのちを見つめる機会となりました。折に触れ、日常的に「いのち」について
子ども達と語っていきたいと思います。