「お便りノート」の実践
1)私のメンター
■私のメンターは、故有田和正氏でした。有田氏は、「書く力」をつけるために、1年生にも、「お便りノート」というのを書かせておられました。文末に「~でござんす」とか「~でR」とか、ユーモアを交えて記録をさせられていたので、子どもたちも楽しんでやっていたようです。
■私も初めて1年生を担当した時、実践し始め、以来、6年生までずっと同じことを繰り返しやってきました。今回は、その1年生の「お便りノート」=「連絡帳」を紹介します。
2)1年生でも書けるのか?
■私もそこが一番のネックでした。だって、国語科では4月はひらがなの練習ですよね。私なんて、自分の名前しか読めませんでしたから。
■最初は無理だろうと、最初の1週間は、靴の入れ方、カバンのおき方、引き出しへの入れ方、給食当番のことなど、身近な生活を中心に授業したり、作業したりしていました。
そんな中、とある子が言いました。
勉強はいつからするの?
「こんなのも勉強なんだよ!」と言っても、納得しない様子、それで「鉛筆で何か書きたいのかな?」
「ウン!」「皆もやりたいですか?」 全員一致で、「ハーイ」となりました。
3)「お便りのノート」の追試
■回収していた連絡帳を配って、指示しました。
【指示】何も書いていない最初のページを開いてください。今から先生が黒板に書くことを、同じように写してくださいね。
もともと連絡帳は、担任と保護者の連絡をするためのものなのですが、ここに毎日、保護者への共通連絡事項を子どもたちに書かせていきました。
「ハーイ」と全員、やる気満々です。
■そして、できたのが次のものです。時系列で紹介してみます。
お便りノート1
お便りノート2
お便りノート3
お便りノート4
お便りノート5
3)全員は書けなかった!
■ひらがなを正式に履修する前なので、書くこと自体に困難を抱えている子も当然います。また、自分の名前が精一杯で、ひらがなのほとんどが書けないという子もいます。
私が最初に受け持った時、学年4クラスで、我がクラスは37人でした。その中で、筆が進まない子が4人いました。
当時(1990年代後半)、幼稚園教育が凄まじく、ほとんどの子が自分の名前はおろか、ひらがなをマスターして入学してくるという時代でした。一般公立校です。
■その4人のうち、1人は泣き出してしまいました。
書けなくて当然だよ! この時間はね、先生がいつもきれいな字で書いてあげるからね。全然心配しなくていいからね!!
こうやって、その日のうちに書くことを、4人分だけ書いてやっていたことでした。
「書けるようになったら、自分で書いてね!」と言って。
こんな実践を最後の担任まで通したことでした。